2010年11月5日金曜日

電子書籍・出版の新しい枠組み ~ 村上龍 氏の発表から

村上龍氏が電子書籍発売について会社を興す発表がありました。
その実際のいきさつについて、ご本人のブログに実に詳細に書かれていて、今後の電子書籍発刊の流れに多くの影響を及ぼすだろうと思われるので、ここに紹介してみたいと思います。
彼の群像での連載「歌うクジラ」の出版について、講談社への了解をとったいきさつ、グリオという永年のつきあいのある会社にこの電子書籍化の依頼をしたことなどのいきさつのあとで、実際の制作と販売については次のように述べています。
3:『歌うクジラ』制作と販売

電子化の作業は刺激的でした。ほとんど毎日会ってアイデアを出し合い、数日後にデモ画面を見て、修正点を確認し合うというスリリングな日々が続きま した が、坂本龍一のオリジナル音楽が届いたとき、わたしたち制作スタッフの興奮はさらに高まりました。当初は、坂本龍一の「out of noise」というアルバムの楽曲を使う予定だったのですが、基本的にAppleのアプリにはJASRACに登録されている楽曲は使えないので、オリジナ ル楽曲を作ってもらったのです。電子書籍元年なんだから絶対にやるべきだと、坂本龍一からはメールで何度も勇気づけられました。そしてオリジナル楽曲も快 く引き受けてくれたわけですが、送られてきたその音楽はすばらしく、「小説のために作られた楽曲というのは歴史上初めてかも知れない」と思うと、深い感慨 がありました。

7月初旬、『歌うクジラ』iPad版が完成し、Apple本社の審査にも通って、ついに販売がはじまりました。制作費は、プログラミング会社委託実 費で 約150万、坂本龍一へのアドバンスが50万、計200万でした。ただし、わたしとグリオのスタッフの報酬は制作費として計上していません。定価は 1500円としましたが、値付けにはかなり悩みました。400字詰め原稿用紙1100枚という長編なので、紙だと上下巻で間違いなく3000円以上の定価 になるのですが、アプリとしての表示ではボリュームを示せないので、適正価格がわかりづらいのです。結局、紙のだいたい半額1500円なら堂々と売れるの ではないかということで価格が決まりました。

売り上げの配分は、制作実費150万(坂本龍一へのアドバンス50万円は売り上げ配分の前払い扱い)をリクープする前は、村上龍:グリオ:坂本龍 一=2:4:1、リクープ後は、4:2:1とすることにしました。『歌うクジラ』電子本はiPad、iPhone版を併せて、現在10000ダウンロード を優に超えています。わたしもグリオも確かな手応えを得ました。この成果をどう将来に活かしていくのか、わたしとグリオの次の課題が見えてきました。

ここまで、売上げ配分率などを明示化されると、これからの電子書籍の規模感、そのコスト感、思いなどがきちんと伝わってきて、かなりの起爆剤となるのではないかと思います。
そして、さらに今後の展開について幻冬舎と話し合った経緯などが語られています。

4:幻冬舎との話し合い

幻冬舎は、親友の見城徹が興した会社で、わたしは特別な思いを持っています。『歌うクジラ』の電子化作業が進んでいる間も、幻冬舎と何度も話し合い をし ました。幻冬舎は電子化にどう対応するのか、これからのわたしとグリオの作業に関わることができるのか、おもな話題はそういったことでした。ただし、幻冬 舎と組んで電子化を進めるとなると、他の版元出版社の既刊本には対応できないと思いました。

わたしは、電子書籍の制作を進めるに当たって、出版社と組むのは合理的ではないと思うようになりました。理由は大きく2つあります。1つは、多くの 出版 社は自社で電子化する知識と技術を持っていないということです。「出版社による電子化」のほとんどは、電子化専門会社への「外注」です。わたしのアイデア を具体化するためには、まず担当編集者と話し、仲介されて、外注先のエンジニアに伝えられるわけですが、コストが大きくなり、時間がかかります。『歌うク ジラ』制作チームの機動力・スピードに比べると、はるかに非効率です。2つ目の理由は、ある出版社と組んで電子化を行うと、他社の既刊本は扱えないという ことでした。いちいちそれぞれの既刊本の版元出版社と協力体制を作らなければならず、時間とコストが増えるばかりです。今後、継続して電子書籍を制作して いく上で、グリオと組んで会社を新しく作るしかないと判断しました。今年の9月中旬のことです。

さらに、今後の配分率についてもオープンを前提とすることを語った上で、次のように一律にいかない理由を述べられています。そして、ここまでのいろいろな思いとともに、版元への料率をその作業量によって定めていかざるをえない現実について語っています。
版元からすれば、その法律的な権利とは別にいろいろな思いがあるでしょうが、こうクリアーにすべてを明らかにしていくと、村上氏の提案する作業量による配分率というのは、現状もっとも根拠のある解決策であることが浮かび上がってくるような気がします。

8:*既刊本の版元への配分

たとえばわたしのデビュー作である『限りなく透明に近いブルー』(76 講談社)という作品の場合、当時は出版契約書が存在していなかったということもあり、版元である講談社の許諾および売り上げ配分なしで、わたし自身が G2010で電子化することが、法的には可能なのだそうです。ただ、講談社に無断で『限りなく透明に近いブルー』を電子化して販売することには抵抗があり ます。

思い返せば、35年前、ちょうど今ごろの季節でした。西武新宿線の田無という街の書店で、わたしは「群像新人賞公募」を知り、それまで書きためてい た創 作ノートから、210枚の作品を1週間で書き上げました。「群像」という雑誌、講談社という出版社が、『限りなく透明に近いブルー』という小説が誕生する 契機を与えてくれたことになります。それは、よく言われるような、出版社が新人作家を育てるとか、編集者が執筆に協力するというようなこととは微妙に違い ます。作品が生み出される「契機」「場」を提供してもらったということです。わたしは、これまでのすべての作品を自分で書き上げました。出版社および編集 者は、多くの作品を書くきっかけを提供したということです。ただし、その心情的「恩義」を、そのまま電子化における版元への配分に反映させることは、不可 能です。

そこでわたしは、版元に対して、電子化に際し、さまざまな「共同作業」を提案することにしました。たとえば、原稿データの提供、生原稿の確保とス キャ ン、写真家への連絡と交渉、さらに共著者がいる場合にはその連絡と交渉、そしてリッチ化の1部の作業、およびコストの負担などです。その上で、G2010 が版元への配分率を決め、配分率は個別の作品ごとに設定します。たとえば『あの金で何が買えたか』(99 小学館)や『新13歳のハローワー ク』(2010 幻冬舎)という絵本は、版元との新しい共同作業が発生しますので20から30%という高率の配分を予定しています。ただし、電子化への共同作業が発生しな い場合は、配分がゼロの例もあります。

つまり、面倒ではあるのですが、G2010において既刊本を電子化して販売する場合には、それぞれの作品ごとに、売り上げ配分を決めることにしまし た。 作品によって要件が異なるので、その作業は必須だと考えています。そういった個別の配分例を透明化・公表し、一定量積み重ねることで、全体としてのモデル となっていくのではないかと思います。

最近、「カンブリア宮殿」などの番組出演で、村上氏はとてもいい感じの、ナビゲーター兼コメンテーターをされていて、そこでの多くの経済人との出会い、政治家との出会いがあることも影響しているのかもしれませんが、今回のこのウエブでの発表は(全文はこちらでどうぞ)、ついついウエットになりがちな出版社との関係を、思いとして大切にしつつ、「オープン」という方法によって、メンタルではなくビジネスライクに解決策をみつけていくという作業をきわめて気持ちよく実現された気がします。
最初の電子出版をした先導者として自らの役割だとも思われたのでしょうが、作家としてだけでなく、その枠組み流通自体も自らにおいて責任をもっていく・・というこの態度表明は、爽快とも思えるものでした。

つづきはこちら↓

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